イヤフォンと一般オーディオの違い
このところ連日連夜、イヤフォンやヘッドフォンのモディファイの仕事が続いている。多くの方に好評をいただき有難いことだが、一気に深夜まで作業することも多く、相当根を詰める仕事である。そんな時に重宝するのはコーヒーだ。特に苦いものを私は好む。
苦いコーヒーの代表といえばエスプレッソ。
街のカフェではエスプレッソはデミタスと云われる小さなカップで供される。一見値段と引き合わない量だが、名人が淹れたものはその苦み走った濃厚な味わいが五臓六腑に染み渡り、まどろんでいた神経が一気に目を覚ます。
「さあ、一気に仕上げるぞ!」
そんな気分にしてくれるのだ。
さて、今回開発した政振グッズ、Triple Accelの試聴の合間にエスプレッソを一気に飲み干すと、これはエスプレッソみたいなものだなと思った。直径5mm弱と世界最小のオーディオアクセサリーと言っても良いくらいだがその効きめは明らか。この小ささで充分なのである。
副作用がない点もエスプレッソと同じだ。エスプレッソはコーヒー豆を圧縮抽出してあの濃厚な味わいや覚醒効果を得ているのであって、コーヒー以外の成分を添加してわけではない。Triple Accelもその独自の形状・加工により振動を圧縮・開放して効果を得ているのであり、電気的作用、機械的作用は皆無。だから副作用は生じないのである。
1gと30t?
では、Triple Accelはなぜ効果があるのか? それを説明する前にまずイヤフォン及びヘッドフォンオーディオと一般のオーディオとの違いを理解してもらわねばならない。
一番の違いは動かそうとする絶対的な空気量の違いだ。
イヤフォンは動かす空気、つまり、振動板から鼓膜までの容積は1立方センチメートル、片やスピーカーとなると8畳の部屋としても30立方メートル。その容積量たるや数千万倍の違いとなる。重量の単位で表現すれば1gと30tだといえばその差はわかりやすいだろう。動物に例えるならネズミと象のようなものだ。さらにコーヒーに置き換えると、一人分と三千万人分の量となるのである。
■上海オーディオクリニック
一立方センチメートルの空気量に対して、5ミリの振動板で動かすイヤフォン、38センチ4発を動かしたとしても30立方メートルが相手のスピーカーでは、イヤフォンの方が遥かに効率が高いのである。
これを三段論法的に考察すると、動かすべき空気量に対し、イヤフォンはパワーがあり過ぎて良い音を作るのが難しいという事になり、通常のスピーカーシステムは、瞬間に動かすことのできる空気の量(エネルギー)が全体の量に対して乏しい為に迫力ある音を出すのが極めて困難だ、という結論が導かれるのである。
5リットル、6リットル級の大出力エンジンを積んだとしてもボディの大きい車は、軽量なボディに排気量は小さいが高効率のエンジンを積み空力を追求したF1マシンには、例え直線では勝っても運動性能トータルではかなわないのである。
以上、イヤフォン・ヘッドフォンオーディオと一般のオーディオとの違いをご理解いただけただろうか?
耳を刺すイヤフォンのエネルギー
では、これから話の本題に入って行こう。動かすべき空気量に対し、イヤフォンはパワーがあり過ぎて良い音を作るのが難しいと説明したが、これが具体的にどういう現象で現れるかというと、イヤフォンユーザーが「耳を刺す!」と表現する現象が最もわかりやすいだろう。
一般のオーディオなら高音のキツさを表現する場合は「高音がキツい」「聴き疲れする」程度である。イヤフォンの場合はパワーがあり過ぎて耳を刺してしまうのである。特にイヤフォンの場合はヘッドフォンに比べても鼓膜までの距離が近く、よりその傾向が強く現れる。その上筐体も小さいので対策が取りにくいのである。
これを解決するためにカイザーサウンドでは車のチューニング技術を応用したAuto Rosenという政振グッズを開発した。物性にはすべからく振動の方向性があり、ダイヤフラムやマグネット、ハウジングも例外ではない。それらの足並みの乱れを政振効果によって調和に導くのがAuto Rosenのベクトルエネルギーなのだ。
しかし、ヘッドフォンはともかく、イヤフォンは筐体が小さく、形状も平面部分が少ないものが多くAuto Rosenが貼り付けできないものが多い。
「イヤフォンで音楽を楽しんでいる人たちに良い音を届けたい」
そういう思いで取り組んだのがイヤフォンにも貼り付け可能な極小サイズの政振グッズの開発なのである。
車もオーディオも同じ?
アイデアの源泉はAuto Rosen同様、車から得ている。車というと前進するエネルギーとして捉えがちだが、パワーの元であるエンジンといえば往復(上下)運動を回転運動に変換したものであり、ボディには前後、上下、水平方向に力が加わるとともにコーナリング時にはねじり方向の力も発生。
■Auto Rosen
http://autorosen.jp/
■Auto Rosen Demo Movie
サスペンションは上下、水平方向に運動し、最後にタイヤが回転して路面に動力を伝える、と、いったようにあらゆる方向のベクトルエネルギーが発生しており、振動の研究にこれ以上良い素材はないのである。
それに車のエネルギーはオーディオの何万倍も大きいのでオーディオのような微小なエネルギーを捉えるよりずっと容易なのだ。オーディオよりも粗く大きい車のエネルギーで知りえたものをオーディオに応用してリファインすれば良いのだから、幽霊のように出るか出ないかわからないオーディオの微細なエネルギーのことについてオーディオ機器とにらめっこして頭をひねっているよりも実はずっと近道なのだ。
ミクロのコントロール技術で振動をコントロール
イヤフォンの音を良くするために何をなすべきか?
上述したようにイヤフォンは「動かすべき空気量に対し、パワーがあり過ぎ」るのだ。これは言い換えると、少しの狂いが大きく影響するということなのだ。
だから、バランスのいびつなものを矯正すること、つまり、イヤフォンの“あり余るパワー”を御してやることが必要になる。私は荒牛に跨ったロデオのカウボーイになったつもりで考えた。
結論はシンプルだ。良い音とは良い動き(振動)であり、どんな動きをしているかで決まるのだから良い動きに導いてやれば良い。垂直・水平・回転、すべてのエネルギーを形象化し、ひとつの形にすることで振動を音楽エネルギーに変換するのである。
「そもさ!」
「せっぱ!」
「よし、ひらめいた!」
私はイタリア男がエスプレッソを飲み干すがごとく一気呵成に図面を書き上げた。線幅も直径5mm以内という制約のなかで頭のなかのデータベースをフル動員して設定した。それがあのTriple Accesの形状・構造だ。
「出来た!これは会心の作だ。」
しかし、この製品化が難題である。極限の精密さを要求する形状と寸法だ、果たして製作できるのだろうか? 形状に歪みが、寸法に誤差があれば「動かすべき空気量に対し、パワーがあり過ぎ」るイヤフォンは過敏に反応し、さらに暴走する。
「あんたのとこなら当然出来るよな!」と、いつもの口調でエッチング会社に依頼したものの、実は内心は恐る恐るというが実情だった。
「可能です!」
数日後、委託先から回答をもらったときはまさに天にも昇る気持ちだ。誇るべきは日本の技術力とこの会社の技術者魂である。
こうやって直径わずか5mm弱の政振グッズが誕生。納品と同時に小躍りしながら得意先に持ち込みスタッフに聴いてもらったのはブログに書いたとおりだ。
まるでアポロ11号が月からの石を持ち帰ったときの心境のようだと言っても大げさではないくらい興奮していたのである。
結果は音を聴かずとも彼らの表情でわかった。大成功だ。ここに世界最小ともいえるオーディオアクセサリーが誕生したのである。
わずか直径5mm弱の貼物が、まるで月が地球の重力に力を及ぼすように、小さなイヤフォンから音楽の緩急、強弱、抑揚、そしてエネルギーの無限の広がりと感動を引き出し、生命を与える。この小さなTriple Accel自体がひとつの生命体であり宇宙のようだ。
自分の音を探し出し、自分を磨くということ
このTriple Accesを手にしたら自分でいろいろ貼り換えて音の変化を実感してみてほしい。でんじろう先生の理科の実験のように楽しむのだ。マニュアルに頼るのではなく、自分の感覚を信じると同時にその感覚を磨いていく。それが生きる力になっていくのである。世界はものすごい勢いで変わりつつある。他人に頼っていては生き残れない時代がすでに始まっているのである。
私は今年で69歳になる。悪戦苦闘した半生ではあったが、全体としてみれば人生の大部分を戦後の安定と繁栄のなかで過ごすことができ幸福だった。しかし、これは人類の長い歴史の上で奇跡といってよいことなのだ。
若い皆さんにはこれから過酷な時代が待っているかもしれないが、天上天下唯我独尊、自分の力で生き抜く覚悟と力を持ってほしいと切に願っている。そうすれば必ずや道は開け花咲くことがあるのだ。
このちっぽけな円盤には私の人生が詰まっている。貝崎静雄という一生を音の探求に捧げた大馬鹿者のひとつの到達点なのだ。これを手にすることで私の生き様と生きるというエネルギーを感じていただき、明日からの活力の源の一助としていただければ幸いである。
平成29年2月吉日
貝崎静雄