人生とのシンクロ
昨年の末に我家にステレオを設置し、ローゼンクランツのテストレポートを書くようになった時、レポートが進むにつれ自分の人生もそれと歩調を合わせ変わっていくだろうと感じていましたが、それから一年近く経った今、実際にその通りになっていることに驚きを感じます。
あの当時から自分の周りを取り囲む状況は大きく変わり、相変わらず大好きなボランティア活動に多くの時間を費やしているものの、少しずつ清貧の状態から脱することができ、内面もそれに合わせて変化していきました。
ローゼンクランツの音が自分の人生を変えたのか、あるいは人生の大きなターニングポイントに於いて、必然としてローゼンクランツの音との縁が生じたのか、どちらが真実かは分かりませんが、このふたつが大いにシンクロ(同期)していることは間違いのない事実です。
己の身の丈というものを考えたならば、先にテストレポートを書いたReference1シリーズの音でもう十分に現在の自分の人生を凌駕しています。長年オーディオフリークとしてステレオと関わってきて、Reference1の音はこれまで耳にしたどの音をも上回っています。
オーディオに於いて何より大切なのはバランスです。オーディオと自分の人生、また現在ステレオを設置している木造モルタルのアパートの環境を考えると、これ以上の音をステレオに望むのは酷と言うものです。
そんなことで様々な葛藤があり、これより上の製品テストをすることにためらいを感じるようになりました。一時は狂ったように熱を上げていたオーディオですが、目の前に最高の音を出すステレオがあり、それをさらに上回るためのパーツが揃っているというのに、そこに手を伸ばすことができず、何日間もアンプのスイッチを入れられない日が続きました。
これは過去の自分からはまったく想像のできない感情「情動」ですが、それだけ自分の人生やオーディオというものを真剣にとらえようとしている証拠なのだと考えています。正直言って、今の自分の状態や部屋のコンディションでこれ以上の製品をテストしても、その違いを的確に感じ取れるのかどうか自信がありません。また感じたとしても、それを自分の言葉として表現するのは難しいように思われます。
けれどこの状態をいつまでも続けていくわけにはいきません。現状を前向きに打破するためにも、新たな音の世界へと一歩足を踏み入れることにしました。できるならば、その音とともに自分自身がより上の方へと引っ張ってもらえることを望みつつ・・・。
PIN2-Cardinal(1.8kaiser) ・・・ 自然な風合い
ピンケーブルをReference1からCardinalに換えました。Reference1が薄紫の塩ビ系のシース(外皮)であるのに対し、CardinalはRGB(赤・緑・黒)三色の繊維で編み込まれたネットで、中の線材の構造も、一本一本人の手が加わったものです。
音は外観の示す通り、うるおいやしなやかさが加わり、音楽がより自然で上質になったように聞こえます。音数も増えたように感じ、響きの柔らかさと美しさが際立ちます。以前から貝崎さんに、Music Spiritからローゼンクランツにケーブルがアップグレードされると、手作りの味わいが加わると聞いていたのですが、それが音の自然さの中から感じ取れます。
まるでオーガニックコットンの風合いを感じさせるこの音は、音としても音楽としてもReference1よりもひとつ上のものを感じます。
ピンケーブルとスピーカーケーブルがReference1でマッチングした状態からピンケーブルだけを交換し、いい結果が得られるかどうか危惧していたのですが、ここまで上のグレードに来ると、個々の製品の能力がストレートに反映されるのかもしれません。いずにせよCardinalが圧倒的な表現力を持っているのは間違いありません。
PIN2-Cardinal&PIN-Harmonious、写真下のPIN-Harmoniousの方が、ほんの少し外径が太くなっています。
SP-RGB2a(2.7kaiser) ・・・ さらに潤いに満ちた音に
スピーカーケーブルをReference1からSP-RGB2aに換えました。これでピンケーブルとスピーカーケーブルが、どちらもRGB三色繊維で編み込まれた手作りのものになりました。音はさきほどのCardinalを加えた時の延長で、さらにしなやかで潤いの増したものとなります。
人の声が柔らかく、そして心地よく、ピアノの低音も木質感をもって深く沈み込むように響きます。もうここまで来ると、音が変わるというよりも、音の持つ雰囲気により深みを増してくるといった印象で、音と音との繋がりもより密に感じ取れます。
この音と音の繋がりの深さが有機的と表現されるもので、これは音楽を聴く楽しさに直結します。そしてこの有機的な雰囲気が手作りの味わいであり、ただの機械から作り出された工業製品ではなく、それを人の手と感覚で仕上げていったもののみが持つ風合いです。デジタル的高性能であるものに、アナログ的、人間的な息吹が加わりました。
SP-Rosenkranz(3.6kaiser) ・・・ 霊性をも引き出す
スピーカーケーブルをSP-RGB2aからSP-Rosenkranzに換えました。製品名にRosenkranzというブランド名を冠した最高級品で、プラスとマイナスでケーブルが独立し、ケーブルの途中に黒いしネットを被せて太くなった部分があります。
これは一聴して音の違いがハッキリと分かりました。より厳密に言うならば、音が出るほんの一瞬前に、体が何かを感じ取っていた気がします。
言葉でなんと表現すればいいのでしょうか・・・、音といういうよりも、音の周りに漂う空気感がこれまでのものとはまったく異なります。この音の周りに漂っているただならぬ気配は、雰囲気といった生やさしいものではなく、殺気あふれる気配とでも言うべき緊張感に満ちたものです。
以前刀匠が魂を込めて造ったのであろう日本刀の刀身を持たせてもらったことがあるのですが、その刀身を手にした瞬間、体に異様な殺気が走り、瞬時にして目が据わってくるという忘れ難い経験をしたことがあります。その時のことを思い出しました。
どんな音楽を聴いても、その音の背後に隠れている張り詰めた生命エネルギーのようなものに意識がいってしまいます。侍が息を潜め、刀のつばに手をかけながら、まだ来ぬ敵の様子を窺っているような、肉食獣のチーターが草原に隠れ、眼光鋭く獲物を狙っているような・・・。
そんな緊張感が体を支配し、知らず知らずのうちに音楽と“対峙”するようになっていきます。けれどもそれが何とも言えず心地いいのです。この深い音の響きと接し、魂が喜んでいるかのようです。このケーブルから受ける印象を言葉にすると、“殺気”であり“(刀の)真剣”です。
オーディオ製品を評価する言葉として、「演奏家の感情をも表現する」というものがありますが、その言葉を借りるとすれば、このSP-Rosenkranzの音は、「演奏家の霊性をも表に引き出す」といっても過言ではありません。まるで演奏家の深い魂の奥底を見通すようです。
SP-RGB2aからSP-Rosenkranzに換え、音楽表現の幅が広がったようには感じません。幅ではなく、これまでまったく気がつかなかったその表現の奥行きに、初めて意識がいくようになりました。音を表現する次元がこれまでより増え、“音の佇(たたず)まい”という、これまで考えたこともなかった言葉が頭に浮かびます。
この殺気に満ちた気配は生音にもあるものなのでしょうか。もしかしたら生の音を聞いても感じ取れない隠れていたものを、ステレオという媒体を通すことにより復活せたのかもしれません。そんな通常では考えられないようなことも、この音を聞くと真面目に考えざる得なくなります。
またもしそうであるならば、このケーブルを使ったステレオは、ハイファイ(高忠実度)という概念を超え、真の再生芸術へと昇華したことになります。
この霊性をも引き出す音を表現する秘密は、きっとケーブルの構造、設計思想にあるのでしょう。それが生命の持つ未知なる法則と一致するがゆえ、その深い生命エネルギーを引き出し、共鳴させることが可能なのだと考えられます。
大げさではなく思うのですが、この法則性が生命の実相として公に認知され、他の電気製品はもとより、社会のあらゆるものに活用されるようになったなら、壊滅的危機に瀕している社会も変わっていくでしょうし、またそうなることを期待しています。
ローゼンクランツの求めているものは、これまでの科学技術を土台とし、さらにその延長上にあるもの、あるいはそれとは別のパラダイムのものの中にあり、それが他のどんな(他分野も含めて)メーカーよりも抜きんでているからこそ、これだけの音が表現できるのだと考えられます。そのことが音を聴くことによってよく理解できます。
PIN-Harmonious
スピーカーケーブルはSP-Rosenkranzのまま、ピンケーブルも最上位機種であるPIN-Harmoniousに換えました。
SP-Rosenkranzによって地上界から霊界に引き上げられた世界に、華やかさが加わってきました。殺伐とした霊界の風景の中に、ぽつりぽつりと花が咲いたようです。
さすがは最上位機種だけあり、音はより明るくなり、情報量も増してきました。その密度感ある音は耳に心地いいのですが、なぜかその奥では満足できないものを感じます。さきほど感じていた殺気を秘めた緊張感が明らかに薄らいでいるのです。
ためしにピンケーブルをPIN2-Cardinalに戻してみると、音は寂しくなりますが、あの心地よい緊張感が再び現れ、音の最も深い部分に意識の焦点がいくようになります。
これは予想していなかった変化であり、戸惑いを感じます。
相対 ・・・ すべてはバランスの上に成り立つ
ピンケーブルを上のものに換え、なぜ十分に満足できる音にならないのでしょうか。そのことに疑問を感じ、貝崎さんに電話で尋ねてみました。すると、「すべてはバランスの上に成り立っているので、一部突出したものを中に入れると、正確にその能力が発揮されないことがある」とのことでした。納得です。
部屋、畳の床、アンプ、CDプレーヤー、インシュレーター、電源周り、音を取り巻くすべての環境の中で、いまやスピーカーケーブルとピンケーブルの能力が、突出したものとして周りから浮き上がっています。そしてケーブルだけで考えても、電源ケーブル、ピンケーブル、スピーカーケーブルの順番で信号が流れ、この流れの中で、前後に他のケーブルがつながれているピンケーブルが、最も周りの影響を受けやすいということは容易にうなずける話です。
ピンケーブルPIN-Harmoniousは、スピーカーケーブルSP-Rosenkranzと同じ設計思想で作られているとのことですので、本来ならばこの組み合わせで素晴らしい音を表現できるはずです。それを耳にすることができないのはとても残念です。
すべてのものは相対の中に存在し、周りとのバランスによってその評価は如何様にも変わりうるという当たり前のことを、全体のバランスを欠いたシステムによって再認識させてもらいました。
そしてそれと同時に、雑誌のオーディオ製品の試聴レポート等では、あたかもその評価が絶対であるかの如く書かれていることに違和感を覚えます。私たちは知らず知らずのうちに、すへてのものが絶対的な価値や意味を持っていると信じ込まされてしまっています。
PIN-Reference1、SP-Reference1 ・・・ 適応そしてリスペクト
今回の初期状態であるPIN-Reference1、SP-Reference1に再び戻しました。
少し前まではあんなに素晴らしいと感じていた音が、今となっては火の消えた提灯のように、寂しくもの悲しく貧弱に聞こえます。音としての情報量が少なくなったこと以上に、音楽が平板に聞こえ、耳も体も音楽に入り込んでいかないのです。
この生身ともいえる音楽的躍動感の表現が、一本一本人の手で仕上げられたローゼンクランツ上級製品の特長なのでしょう。数字では表せない感性の世界です。
けれど聴いていて今ひとつ物足りなく感じたPIN-Reference1、SP-Reference1の音ですが、20分、30分と聴き続けていくうちに、少しずつその音楽に心が入り込むようになりました。これは慣れ、適応といったものでしょう。元々素晴らしい音で鳴っていたのですから、比較の上で聴いていたものから、その本質のよさを再び耳で感じられるようになったということです。
私たちはスピーカーから出た音を聞き、それをそのまま耳から体の中へと入れているわけではありません。雑踏の中で人の話し声を正確に聞き分けることができるのと同じように、耳から入ってきた音は脳のフィルターによって選別され、また過去の経験によってその原音を想像し、形を変え、その音を心と体で受け止めているのです。
AMラジオやパソコンから流れる音楽にも、時によって感動の涙を流すことがあります。これも音楽を聴くためのとても大切な要素です。
精神論的な言い方で恐縮ですが、音楽のより深い世界に入っていくためには、音、音楽、ステレオ装置、音源となっているディスク、演奏者、・・・そういったすべてのものに対する思い入れがなければならないということを感じます。
「リスペクト」(尊敬)という言葉を最近よく耳にしますが、これは音楽を聴く上でも大切なことであり、この気持を持った上で最高の音や音楽と接していければこの上ないことです。
限界 ・・・ 感謝
冒頭にも書いたように、もう自分のシステムや環境では、このような上級製品をレポートをすることは限界を超えています。それが今回よく分かりました。
評価は相対的なものですので、それに正しい誤りというものはないのですが、より発展した設計思想で作られたものがその能力を発揮することができず、それらを使うであろう他の高級オーディオ愛用家の方たちと感じ方が大きく異なってしまっては、レポートを書く意味がありません。
また何よりも今の状態では、丹精込めて作られたローゼンクランツの製品に対して失礼にあたるように思います。
この一年弱の間、音を通して様々なことを感じ取らせてもらいました。これから先は、自分自身の内面や環境が一段上に上がった時、再び別の形で音の世界を探求していきたいと考えています。
すべてのものは生命との関わりを持って存在していますが、音ほど人の内面世界と深く結びつき、生命の実相をストレートに表してくるものを私は知りません。そのことを今回の試聴レポートを通し、さらに深く理解することができました。これからはこの経験を活かし、ローゼンクランツのステレオと同じく、自分の人生に於いて素晴らしい音や音楽を奏でられるようにしていく番です。
7回に渡り抽象的な表現の多いレポートでしたが、拙文をお読みいただいたことに心より深く感謝いたします。
もっと「この音はロックには・・・、室内楽には・・・」といった音楽的、具体的表現ができればよかったのですが、そういったことは苦手ですので、あえて書くことはしませんでした。それでもこの拙文が、ほんの少しでもお読みくださった方の参考になり、より充実したオーディオライフの一助になれば、この上ない喜びを感じます。
素晴らしい音世界、そして生命の神秘に感謝いたします。
N.S(ヨガナンダ) http://yogananda.cc
NSさんには7回に渡ってRosenkranzとMusic Spiritのケーブルをレビューして頂きました。オーディオ誌に掲載されてあるような書き方とは違って、新鮮な気持ちと共に誠意を持って取り組んで下さいました。また、商品のグレードや金額の多寡に影響されない貴重且つ文化性に富んだレビューであったと思います。
N.Sさん有難う御座いました。
厚く御礼申し上げます。
カイザーサウンド
貝崎静雄