第15回 音と音楽の違い・・・その2
A&Vvillage 7月号 第68号 P80〜P81

貝崎静雄(カイザーサウンド)


 ギタリストであるK.Hさんから音と音楽について述べられたお手紙を頂戴しました。音楽を演じる側からの思いとして、大変貴重な物と感じましたので、許可を頂戴した上で原文のまま今回は掲載させていただきます。

 ● 音と音楽に対する思いは、厳しく、謙虚に

 先日Dynaudio Special25のセッティングの件で質問させていただいた、K.Hです。その節はクリニック帰りでお疲れのところ、一度も面識のない私の疑問点にわざわざ貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございました。お話を伺っていて貝崎社長のオーディオ機器を音楽の再生機器として本来あるべき姿にしていこうという強い思いが伝わってまいりました。その後改めて御社のホームページを拝見させていただきましたが、その思いは文面からも同様に強く感じ取れました。その中でも私としては、お電話や文面でも述べられておりました音を音楽に変えるための言葉や文書は、幾らそれらを語り書き記したとしても所詮飾りであり、≪結果として出てきた音が音楽になっていなければ何の意味もないことである≫という厳しく謙虚な姿勢が最も印象に残っております。このことは演奏者でも歌手でも全く同じで、幾ら努力し練習や経験を積んでも、実際に聴衆を前にしたときに自分が発した音が全ての結果となることと何ら変わりがありません。

 ● 誰にも簡単に音楽の感動を感じて欲しい

 ただ楽器の演奏者としてオーディオ機器というものに対峙した際、音楽に触れるという行為はこんなに敷居の高いものだったのだろうか…?と思うことがあるのも事実です。高いお金と労力を何年もの間かけても、それでもなお音楽を再生装置に通して再現した時にはそれを十分に楽しみ、感じ、息遣いを感じ取れるとは限らないという酷な状況を私は大変悲しく思います。音楽を生み出し、それを演奏したり歌ったりするものは皆、自分の作品が限られた厳しい条件を満たした環境を持ち合わせたわずかなひとだけに伝わればよいとは思っていないはずです。

 しかし音楽を好む全ての人がいつでも生の演奏を気軽に楽しめるわけではありませんし、既に亡くなってしまったアーティストの演奏はオーディオ機器を通してでなければ耳にすることすら出来ません。また同じレコードやCDであっても、聴くひとの体調や気分でそれまで全く感じたことがなかった印象を同じ音源から受けてしまうことも少なからずあると思います。

 音楽を創り出したり演奏したりするものは、演奏会やレコーディングの際に自分の持っている全ての力をそこに注ぎ込んでいると思います。特に録音物に関してはその製作に携わったエンジニアや機材までもが演奏者と共にクレジットに記載されています。このことは技術者がその録音物に対して、アーティストと同じような思いや責任を担っていることの証であると言えるかもしれません。

 ただ録音物の場合、その先の再生過程は言うまでもなく、絶対にオーディオ機器の存在が必要不可欠になります。このため、ありとあらゆる製品が様々なグレードにおいて市場に溢れていますが、問題は音楽を音楽として再生できる機材が単体コンポやラジカセなどにはほとんどなく、それぞれ個性を持ったアンプやスピーカー等を決まった競技場(リスニングルーム)で統一された意識の元で調和を保ちながら再生させなくてはならないということです。

 ● 音と音楽の合間にある迷路

 この時点で多くの音楽愛好家の方が、いわゆる音と音楽の合間にある先の見えない迷路に迷い込んでしまうのでしょう。なかには時間とお金をたっぷりかけて迷路を探求することが楽しくてしょうがないひともいるとは思いますが、音楽愛好家の本来行き着く場所はその先に拓かれた広大な楽園であり、探求しなくてはならない場所はそこまでの迷路ではなくむしろその先に広がる楽園そのものでなくてはならないと思います。

 この点にオーディオ業界の中でいち早くお気づきになり、迷路の探求から楽園の探求に誘っておられるのがまさに貝崎社長の天職とされている日本全国をまたに掛けてのオーディオクリニックではないかと思います。(断定でなく推測なのは、あくまで私自身がまだ体験していないからです。)

 先日のお電話でもお話されていたように、それを行っていくには業界内の様々な軋轢や批判に加え、クリニックの対象が極めて嗜好性の強いものだけに『他人のステレオを単に自分好みの音に変えてしまった!』といった辛辣な批判を受けてしまうことも場合によってはあるかもしれない、とういことも私のようなものでさえ容易に想像がつきます。しかしそのような事例や御社の商品に対する否定的なご意見、失敗例等を『結果が全て!』という理念の元にきちんと公開なさっておられることに対して、私は貝崎社長の謙虚ではあるが確固たる自信のもとにある製品とサービスを感じ取ることが出来ました。

 ● 音から音楽への水先案内人

 私は楽器演奏者として、多数存在するオーディオ機器販売店、専門店、量販店の中から使命感を持ってその道を極めようとする『音から音楽への水先案内人』が生まれ出てきたことに、この国の音楽に対しての明るい希望を見出すことが出来たような気がいたします。

 昨今の録音物にアーティストの他に機材やエンジニアのクレジットが多数見受けられることは先にも述べましたが、それらを再生する過程で音から音楽への水先案内人の存在も決して欠かすことのできない重要な要素となるはずです。素晴らしい水先案内人によって導き出された音楽は、その本質と素性がありのままに聴き手に伝わっていくことでしょう。

 ● 本当に良質な音楽とは如何なるものか?

 このことは結果として、アーティストとリスナーの両方に作品のクオリティーを今まで以上に意識させることにもつながると思います。この国に溢れている多数のソフトウェアの中で≪本当に良質な音楽とは如何なるものか≫ということが、音楽業界の思惑とは別にリスナーとアーティストの両方から自然に生まれ、見出されてくることを私は演奏家の端くれとして強く望みます。こんなことは恥ずかしながら、決してアーティストだけでは成し得ないことでしょう。

 ● 音楽の敷居を高くしてはならない

 優れた『音から音楽への水先案内人』になるためには、貝崎社長のように何年も音と音楽の間にある迷路にさまよい続け、多大な出費と労力を費やしてこなくては成り得ないと思います。このことによってのみ、如何なる迷路にも明確な一本の道筋を見出せるようになるのでしょう。しかしながら音楽愛好家の全てがオーディオ機器を通して音楽を楽しむ場合、その出口の見えない迷路に入らなければ音楽を楽しむことが出来ないほど、音楽は敷居の高いものではないと私は思います。

 オーディオにおける音楽の水先案内人としてとことん完成度の高い次元の音楽再生を突き詰めた場合、実生活の大半をなげうってでも得たいとするある種の宗教的にも似た想いのもとで初めて得られた再生音楽を見つけ出したことは大変意義のあることだと思います。それらが完全に調和した高次元の音楽再生は物凄く広大な楽園がどこまでも広がっているのでしょう。しかしながら私を含めて多数の音楽愛好家は、日々の生活の中にその楽園を築こうとしています。わかりやすく言えば冷蔵庫の食材が超高級な食材で溢れ、完璧なキッチンを使える状態にあるわけではないということです。

 ● 現在ある物で良い音を作り出す

 この点において私は貝崎社長の基本姿勢である『冷蔵庫の中にある食材で出来うる限りの美味しい食事を作る』という理念に強く共感いたします。食材やキッチンの設備がどうであれ、すぐれた料理人は与えられた環境のもとで美味しい料理を作ることが出来るという自信が優れた『音から音楽への水先案内人』としてのより重要な資質だと思います。このような資質を兼ね備えた水先案内人によって創り出されたリスニングルームは、まさに≪音楽を聴くために実生活を犠牲にすることなく築くことが出来た最高の楽園≫に他ならないと思います。そしてその楽園にある全てのCDやレコード等の音源には実際には記されていないけれど、絶対に一枚残らずアーティストと共に水先案内人のクレジットが深く刻まれてくるに違いありません。私は音楽に携わるものとして、この先ひとりでも多くの『音から音楽への水先案内人』が生まれ出てくれることを心から願っております。

 ● 自分の音楽の楽園作り

 さて、長々と取り留めのない文章を書いてしまいましたが、最後に私の楽園造りについての自分の考えを書き記しておこうと思います。最初から自分の楽園造りを人任せにしてしまうのは私自身、少し無責任のような気がします。加えて楽器演奏者として、自分が音楽再生において一体どれほどの感性と耳を持ち合わせているのか?という点も自分では気になっております。これらのことから、まずは自分の力で与えられた状況下でベストを尽くしてみます。

 家の間取りの都合上、私のリスニングルームは練習&録音スタジオと書斎を兼ねており、加えてクローゼットや収納庫といったスペースを確保させながらの楽園造りとなってしまいますが、いたずらに機材の買い替えや変更をせずに自分の耳を信じてまずは取り組んでいこうと思います。ある程度セッティングが固まった時点で、貝崎社長のご意見や場合によってはご足労頂くことになってしまうかも知れませんが、その折にはどうか宜しくお願いいたします。

 寒暖の差が烈しい折り、どうかお身体だけはご自愛下さい。まずは、お礼まで

A&Vvillage 7月号 第68号 P80〜P81に掲載されています。


 どんなご質問でもお気軽にお尋ねください。
郵便番号 135-0045
住 所 東京都江東区古石場2−14−1
ウェルタワー深川606
社 名 カイザーサウンド有限会社
担 当 貝崎静雄
TEL 03-3643-1236
FAX 03-3643-1237
携帯 090-2802-6002
E-mail info@rosenkranz-jp.com
URL http://www.rosenkranz-jp.com

backnext