訪ねたかったオーディオファイルのお一人
K.Oさんにはローゼンクランツの電源ケーブル(Blood Stream1)を3年ほど前に貸し出し試聴を頼まれた事がありました。どんな音を望んでおられるのか? お聞きしたその時の内容が強く印象に残っていたので、機会があれば訪ねてみたい気持ちがありました。
オーディオショウと名のつく会場ではいつもK.Oさんの姿を見かけます。とにかくオーディオに熱心です。しかし、彼のシステムについて私が知っているのは、スピーカーがTAD-M1(600万円/1pair)である事のみです。
今回静岡地区の訪問スケジュールを組む事になったのを機に、ケーブル類一式とインシュレーター、そして最近開発したばかりのステンレスの政振製品=「オスカー・ブレード」と「ローズ・バイブレーション」を愛車シトロエンCXに積み込んでK.O邸へ馳せ参じました。
11月25日は三連休最後の日でもあり、サービスエリアは行楽客で溢れていました。この様子を見る限りでは、一体どこが不景気なんだろうと思ってしまいます。物を買う事は控えても、子供の思い出作りや家族の絆を大切にしようとする動向が伺えます。
富士川サービスエリアでは、お決まりの”しらす丼”で腹ごしらえを済ませ、目的の清水へとハイドロ・シトロエンで快適クルージングを楽しみます。一年前に'87式の極上車に出会ったので、今がオールドシトロエンに乗る最後のチャンスだと思い買いました。しかし、長らくの寝たきり状態にはリハビリの必要がありました。半年かけて足回りの整備を徹底した事で、徐々に私好みに仕上がりつつあります。
高価な機器が部屋中に溢れんばかり
3LDKマンションの6畳洋間がK.Oさんのオーディオ専用ルームとなっており、ドアを開けると目の前にTAD-M1が現れました。立派な体格の男が二人立っているかのようです。うん百万もする高額ハイエンド機器が所狭しと並んでいるのにビックリ!。
当日の使用した機器(DSD伝送)のリストをK.Oさんより頂きました。
トランスポート
Antelope Trinity Clock ・・・・Esoteric PC8100電源ケーブル
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Nordost Vallhala Digital
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→ dCS Scarlatti トランスポート ・・・・ORB特注電源ケーブル
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オルトフォン FirewireケーブルDCI-5066
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→ dCS Scarlatti DAC ・・・・PS Audio XPD
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Nordost Valhalla インターコネクト
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Viola Spirito ・・・・Esoteric PC8100電源ケーブル
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Crystal Cable Reference 6.5m
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Viola Bravo ・・・・Transparent PLMM 20A
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Esoteric 7N-9000 ×2セット
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TAD-M1
とりわけパワーアンプの大きさは規格外です。ハイエンド・オーディオが如何に金食い虫かを知るには格好の空間です。定価合計だと3,000万円を超えるのではないでしょうか。
先だっても、ダニエル・ハーツというマーク・レビンソンが興した新ブランド発表会の場で、アンプとスピーカーに2,000万近い金額をポンと出した人が三人も居たと聞きました。あるところにはあるんですね。
音楽はどうでも良い! 低音がスパッと切れて欲しい!
さて、K.Oさんが一般のハイエンドマニアと違うのは、求めるその音にあります。K.Oさんに限っては、私のオーディオ人生で初めて出会うタイプの人でした。どこがどう違うかと言うと、『楽器の音色はどうでも良い!』と言い切る点です。
普通は音楽を聴く為にステレオはあるものですが、
速い音であって欲しい!
その音のみを追求している変わり者だ! と自ら宣言していて、
その答えを自分の中に明確にイメージしているのです。
こういう人は、間違いなく自己実現してしまう人です。イチローのような孤高の領域ですから、他人がその中に入って行く事が出来ないのです。彼は音の速さに異常なほど厳格で、その音に対して数学的な答えを求めているのではないかと推測します。
音楽と数学は切っても切れない関係がある
音楽は、喜びや悲しみ、怒り、希望、落胆といった人の心の有様を対象とします。一方数学は、自然現象や社会現象などが対象です。音楽にも自然をテーマとする事があり、両者には重なり合う部分もあります。しかし、数学で人間模様を表現するのはとても困難だと思います。
音楽は五線譜におたまじゃくしや記号を使って感性を表現するものです。それでも、足らない部分は「急ぎ足で」とか、「楽しそうに」とかの注釈で補ったりします。いずれにしても、最後は演奏者の解釈に委ねる他ありません。
その点数学は、数字は勿論の事、長さや重さ、角度、速さ等を表す符合を用いながら世界共通語として表現するものなので、音楽とは違って極めて正確なのがその大きな違いです。そうは言えども最終的にやろうとしている事は音楽と数学はとても似ていると思います。
音楽は人間の感性の表現であり、
数学は人間の知性の表現である。
今日は私の出番ではない! 初めてそう思った!
『一般の人達は楽器の音色や歌声に拘るようですが、
自分にとっては音楽などどうでも良く、
とにかく速い音であると同時に、
スパッと切れる低音を求めています』。
『欲を言えば、ハッ!とするようなきらびやかな高音に、
僅かな余韻が伴ってくれれば申し分ないのですが、
それは、とても難しいです』。
ここまでハッキリ言い切られると、「今回は、私の出番ではない!」 否応なくそう思いました。何故ならば、脳内に出来上がっている音楽表現パターンを、良しとするものからそうでないものへと、データーを入れ替える不合理さがあるからです。
それともう一つは、近々スピーカーがYGアコースティックのフルシステムに変わるかもしれない事と、デジタル系も総入れ替えになる予定だと聞かされたので冴えたイメージが出て来なかった面もあると思います。
TAD-M1はどんな音がするのでしょう!?
『自分は基本的に大音量派なので、
ちょっと辛いかもしれませんが、
いつもと同じ音量で鳴らしてみますので聴いて下さい』。
DALIのデモディスクでパーカッション系の音が、
これでもかと言わんばかりの大音量で、
6畳洋間の狭小空間に炸裂します。
余韻を殺ぎ落とし、左右が独立分離した直接音に絞った重くタイトなサウンドは、高性能ヘッドフォン”Edition#9”の音空間と瓜二つです。幾重にも重なり合うハーモニーと切れの良いリズムの両立。即ち、アタック&リリースを基礎とした私の紡ぎ出す音とは大きく違います。
仰せの通り、音楽の持つ感情表現的魅力は皆無です。所謂、”高性能音発生装置”と呼ぶのが一番ピッタリ来る音です。しかし、不思議なのは耳に刺すような鋭いピークは無く、又、目立つディップもありません。縦ノリ一辺倒にピタリ!合わせ込んでいるのです。これは、ある意味凄い事です。
彼曰く、これでもまだ『遅くて我慢ならない!』のだそうです。
『もっと速くあって欲しい! 極端に言うと、
4分の曲なら2分で終わる位の速さが理想です!』というのです。
K.Oさんの脳は桁違いの高速サンプリング
こうして、音を聴きながらイメージを図っていると新発見がありました。彼の言う速い音をカイザー流「音のカラクリ」的に言うと、振動波長の短い音だという事が解りました。現象としては、速い音と感じるのかもしれませんが、本来オーディオ的に言う反応の速い音とは、速い音は速く、遅い音は遅く、ありのままに聞こえてしかるべきです。
しかし、今日の音は全てが急ぎ気味の速い音なのです。本来ゆったりした音であるはずの音まで速く聞こえるというのは、振幅が短くなければそうはなりません。この点が解って初めて対策が講じられるのです。
彼は膨大な「”お金”と”時間”と”執念”」でそれをやってのけているのです。要するに、無限の組み合わせの中から自分にとって正解に近い音を探し当てようとしているのです。過去の私もそうであったように、99.999%の人はこの方法でしか自分の理想の音に近づく事は出来ないと思います。だからオーディオは金食い虫と言われるのです。
私はこれらの精神的、金銭的、時間的な負なる部分を解明したいと思うようになり、それ以来、音と音楽の違いを成す「音のカラクリ」を研究し続けています。それは自分の喜びであると共に、社会貢献に繋がると信じています。日本のみならず、世界に目を向けたオーディオ行脚を続けたいと思います。
電気と振動の時間軸(位相)は同じ概念で語れます
今この文章を書きながら、K.Oサウンドをカイザー流に分析イメージしていますが、電気的位相軸では317度という答えが出ました。位相が317度遅れているとも言うし、43度早いとも言えます。
これを”カイザーゲージ”の長さに換算すると、低・中・高のエネルギーバランスは0.9kaiser(94.5cm)が理想ですが、K.Oさんの脳には0.832kaiser(87.36cm)の長さのミクロマクロ周期がピッタリ来るはずです。このシュミレーション力こそが、カイザーサウンドの設計力でありセッティング力であります。
K.Oさんの脳は一般の人に比べて、物性の持つ質量分のタイムラグまで桁違いに高速サンプリングしてしまうのだと思います。優秀故の苦しさであり、優秀過ぎる障害の持ち主とも言えます。絶対音感ならぬ絶対速度に於ける天才的な演算能力を持っているのです。
彼自身が「九牛一毛」で紡ぎ出した音
彼曰く、スピーカーの位置だって1ミリ刻みで8年ほど掛けて追い込んだそうです。又、機器の下のインシュレーターも数え切れないほど試した結果、J1プロジェクトの円錐コーンが好みの音に一番近かったと言います。
これは長い波長の相殺現象が起こり易い形状と素材だから、量感が殺がれる事によって尾を引かないスリムでタイトな低音が得られるのです。その量感不足分はアンプのパワーで補うという算段であります。
この振動に於いても同じ現象として説明がつきます。ローゼンクランツの「歯と歯茎構造」のインシュレーターは、私の耳では360度の中で3度遅れ=1/120の誤差に聞こえます。エネルギー最大値を取り出しつつ、タイムラグを最小に押さえるこの方法であっても、遅れる事に関しては彼の耳は許さない筈です。
僅か1/1000秒であっても遅刻は遅刻である! という枠組みになるのです。
エネルギーの量的ロスは許せても、時間的遅れはどうしても許せない彼なりの線引きがあるのでしょう。相撲に例えると、軍配が返ってから踏み込む立会いではなく、軍配が返る前の突っかけ気味の立会いをすれば、彼が欲する速さの音は可能となる筈です。
ここらあたりの間合いの事を、電気や振動の時間軸と私は表現しているのです。次の三つの時間軸を揃えて初めてステレオを制する事が出来ます。この時間軸という概念を言葉で説明するのはとても困難なのですが、10年以上も前に色々と綴っていますので、是非参考にして頂きたいと思います。今回K.Oサウンドに触れた事によって、少しは分かり易い説明が出来たのではないかと思っています。