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日米安保条約なぜ再改定か(下)

2011.9.24 15:34 MSN 元外務事務次官・谷内正太郎

安保条約再改定の最大の意義は、現行体制下で日米双方が感じてきた「不公平感」を解消できることにあると思う。外交的、歴史的に見て、安保体制は第二次大戦後の両国の国情に合わせて非常に巧みで賢いやり方でまとめられたものだ。それが東アジアの平和と安全を維持する国際公共財の役割も果たしてきた。

他方、現行体制にはどうしても互いに不公平感を抱かせるものがある。米側にいわせると、「私たちは日本の一朝有事の際に若い米兵の血と汗を流し、生命をささげる。日本にはそれに対応する義務がない」という。米国は世界中で軍事活動を展開してはいるが、時の大統領や政府にとって、自国の若者に「血を流してください」という決定を下すのは、日本で想像する以上に大変な決断だ。

一方の日本側では、基地を提供し、駐留経費も相当に負担しているのに、「これまで米軍が日本の有事に遭って血と汗を流し、生命をささげる状況はなかったではないか」「結局は日本の持ち出しでは」との不公平感が根強い。それが基地反対や「米軍は出て行け」という議論につながる。米軍の抑止力を否定した議論だが、条約を再改定せずに現行のままなら、この状況は今後も続くだろう。


依存心と反発が並存

日米関係は戦後日本の外交政策の「要石」だった。占領期以来の経緯もあって日本の国民感情には米国への依存心と反発の両方が並存していた。私はこれを日本の「甘えの構造」と「自立への衝動」と呼ぶが、多くの場面でそれが左右を問わず現れる。左では60年、70年の反安保闘争、右では自主防衛論や核武装論などにつながっていると思う。

今の体制下では「対米追随、対米依存ではないか」という考え方につながり、それが鳩山由紀夫政権下の民主党の政策にも色濃く現れたのではないか。

今後を考えると、何といっても日米関係の重要性は変わらない。吉田茂元首相が「回想10年」の中で「明治以来の日本外交の大道は対米親善である」と語ったように、良好で未来志向の日米関係を築いていくには対等な「双務性」や「相互性」というものを導入することが極めて重要だ。

ただ、それを実現するには、日本が本来やってこなければいけなかった宿題を果たすことが欠かせない。その一つは集団的自衛権の行使問題だ。

私は国際法上保有する以上は集団的自衛権を当然行使し得るという立場だ。内閣法制局は憲法上の「解釈」として「行使できない」としてきたが、これは極端にいえば国会対策上の「解釈」にすぎない。早急に憲法を改正して行使を可能にするのが筋だが、すぐにできないなら「解釈」を変更して可能にすべきだ。

第二に、武器輸出三原則も武器共同開発や国際安全保障への共同対処の観点からも見直す必要がある。第三に、非核三原則についても2・5原則または2原則に改めるべきだと思う。

そもそも抑止を効果的にするには、通常兵器から核兵器に至るまでシームレス(継ぎ目のない)な抑止力を考えるべきだ。例えば、「状況次第では米軍が日本のために戦術核を使用するかもしれない」と思わせる状況を作っておくほうが相手国への抑止力として、より効果的な意味を持つ。


集団的自衛権行使を

今回の再改定案は日本の国家安全保障の根幹にかかわる。まずは日本が自らの防衛・安全保障をどこまで真剣にやるかが前提だ。それがなければ、米国も「日本を助けよう」という気にならないと思う。限られた資源の中で「自らの国はまず自らが守る」との気概を持ち、その態勢をとることが第一だ。

第二に、トップの信頼関係も大切だ。ブッシュ・小泉時代の関係は最良とされたが、せっかく条約を再改定してもそうした政治的基盤が伴わなければ機能しないことを認識すべきだ。

第三に、東日本大震災のトモダチ作戦では、自衛隊と米軍が実務レベルで万全の協力ができることを実証し、世界に大きな感銘を与えた。日本駐留の経験と歴史を通じて国民と米軍の間に「心と心の触れ合い」があったからだろう。

米国はリーマン・ショックや国債格下げなどを経て、中国から「借金体質を改めよ」などと注文されるようになった。そんなときだからこそ、日米が支えあうことが同盟として重要だ。

再改定案には自由と繁栄のビジョンも盛り込まれた。価値を共有しない国家も台頭する中で同じ志を持つ国々が連携し、普遍的価値を重視する国際社会をめざす意義がある。(談)

【プロフィル】谷内正太郎

やち・しょうたろう 1944年、石川県出身。東京大学大学院修士課程修了後、ロサンゼルス総領事、総合政策局長、内閣官房副長官補などを経て2005〜08年、外務事務次官。日中の戦略的互恵関係、「自由と繁栄の弧」などの日本外交の展開で中心的役割を果たした。「外交の戦略と志」の著書がある。

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