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環境亡国・中国 「不!(NO)」突き付けた市民

2014/8/4 日本経済新聞

北京の首都国際空港。一歩足を踏み出すと、すすけたモヤのような外気に息苦しさを覚える。最近の中国は微小粒子状物質(PM2.5)による深刻な大気汚染に加え、使用期限の切れた鶏肉の再利用も発覚。生活を脅かす「汚染」ニュースが絶えない。政府の対応は遅々として進まず、堪えかねた市民が「不!(NO)」を叫び始めた。


「ゴミだらけの街」に嫌気

7月中旬の蒸し暑い昼下がり。北京のある小道を、物憂げな表情の三蔵法師一行がとぼとぼと歩いていた。よく見ると、ゴミ拾いの真っ最中。たばこの吸い殻、麺類の容器、新築マンションのチラシ――。道端に散乱する大量のゴミを1つずつマジックハンドで拾い上げ、タイヤが付いた「白馬」の首にぶら下げたゴミ箱に黙々と放り込んでいた。

「こんなゴミだらけの街で子供を育てたくない」。沙悟浄姿の李想(33)は憤る。孫悟空、猪八戒も含めた4人の仕事は、映画のエキストラなど。有名な「西遊記」の格好でゴミを拾えば注目を集めるはずと考え、袈裟(けさ)などの衣装は通販サイトで購入。「西遊環境保護隊」を立ち上げた。

狙いは当たった。周りに人々が群がり、手に持つスマートフォン(スマホ)で彼らの様子を撮影。すぐさま情報共有サイト「QQ空間」や、チャットアプリの「微信(ウィーチャット)」などを通じて「見て見て! こんな人たちがいるよ」と多くの知り合いに発信していく。

日本ではボランティアによるゴミ拾いは珍しくないが、中国ではゴミのポイ捨てが当たり前。彼らの姿は驚きをもって受け止められたのだ。

QQ空間の利用者は、中国全土に6億人以上、微信も約4億人を数える。23歳の女性は「こんな暑い日に頑張る彼らを見て、自分も環境を意識しなければと反省した」とつぶやく。「私もポイ捨てをやめる」というスマホ経由のメッセージの輪は瞬時に広がり、保護隊は「2週間前よりもゴミが減った」と手応えを感じている。

年々深刻化する環境汚染は中国人の健康を確実に脅かしている。データにもはっきりと表れている。

世界保健機関(WHO)によると「肺、胃、肝臓、食道」の4つのがんの発生数、死者数は世界一。新規患者の国籍は、肝臓がんと食道がんの5割が中国人。胃がんは4割、肺がんも3割を超す。世界人口に占める中国の比率(19%)を大きく上回る。大気汚染などの原因で平均寿命は5年半縮まったという。

李想らの活動が支持を広げているのは、環境汚染が行き着くところまで来てしまい、「このままではどうなるのか」と市民の意識を揺さぶり始めているからだろう。

海外の観光客は中国を敬遠し、外資は直接投資をためらう。中国の国際競争力の低下を招いているとの指摘さえ出始めた。


環境対策の成果、人事に反映

「大気の品質が上がれば、幸福感も上がる。生態や環境を守ることは生産力を守ることでもある」。国家主席の習近平は危機感を隠さない。

中国政府がまとめた「大気汚染に関する行動計画」では、北京など汚染が深刻な地域のPM2.5濃度を25%削減する目標を打ち出した。大気汚染の主因である自動車の排ガス規制も、2014年春に「排ガス規制に適応しない古い自動車を年内に600万台廃棄する」と決定。31省・自治区・直轄市に廃棄台数を割り当てた。

ただ、実行部隊の地方政府が本腰で取り組まなければ、効果は期待できない。中央政府は「環境対策の成果を地方幹部の人事考課に反映する」と表明した。ところが、肝心の現場では混乱やいら立ちが募る一方だ。

上海に隣接する港町として有名な江蘇省太倉市は、中央政府の指導を受けて、大気汚染対策とし農家の野焼きを禁止。「放置した役人は更迭」というルールも作った。市の担当者らは連日農村を車で巡回し、煙が上がった畑を見つけると、すっ飛んで行ってやめさせた。

たしかに収穫後の小麦やトウモロコシの茎や枝を燃やせば、大量の煙が広範囲に舞い上がる。しかし、燃やさなければ、二毛作の畑に次の農作物を植えることができない。

困った農民らは、大量の茎や枝を河川に投棄し始めた。すると、市内の河川は至る所でせき止められ、市政府は水質汚染や洪水など新たな問題に頭を悩ませることになった。

場当たりの対策は、住民の不満や不信を増幅させるだけだ。6月下旬には山東省青島市で、ビール会社が基準値を超す汚染水を川に垂れ流していたことが発覚した。だが、ビール会社に科した罰金は、わずか654元(約1万800円)。企業は大金を投じて汚染対策を施すより、汚染水を流して罰金を払った方が安く付く。機能しない行政の対応に地元住民の怒りは爆発した。

効果の上がらない行政の対応にしびれを切らした富裕層の中には、北京など大都市から脱出する「環境移民」も増えてきた。


富裕層は大都市から脱出

南部の広西チワン族自治区の山奥にある巴馬(はば)ヤオ族自治県。人口25万人の同県に、今年5月までだけで135万人もの「観光客」が押し寄せた。多量のマイナスイオンを含んだ空気、豊富なミネラルを有する水、病気に効用があるといわれる山の磁力――。「一石三鳥」の効能を信じる人波は絶えない。

人気の高まりに乗じて、巴馬の水を採取したミネラルウオーターを扱う会社は17社に上った。活泉食品飲料の董事長、伍永田は「巴馬の水は300%成長が続いており、20年には200億元規模まで市場の拡大が可能だ」と中国メディアに豪語する。

台湾統一集団や深セン華顕など大手不動産デベロッパーは、北京など大都市からの「環境移民」需要が高まると見込んで、続々とマンションを建て始めた。今後、住民が急増すれば上下水道や電気ガスなどインフラを構築しなければならない。せっかくの自然環境を汚染しかねないが、そんなことはお構いなしのようだ。

都市部を逃げ出す余裕のない一般市民は、自衛策を講じるしかない。たとえば赤ちゃんを抱える家庭では、粉ミルクの「代購」が流行している。

08年、水で薄めたミルクのタンパク質含有量を高く見せかけるため、中国の乳業各社が有害物質のメラミンを混ぜる事件が発覚。一気に国産ミルク離れが進んだ。

代購は、海外在住の中国人が買った外国製の粉ミルクを、希望する中国内の家庭に郵送する仕組み。安全な粉ミルクを安く買えるとして人気を呼んでいる。

ある代購サイトでは、英国産の粉ミルクが900グラム入りで140元と中国内スーパーの販売価格の3〜5割程度。安全性を証明するため、陳列棚に並ぶ商品の様子や購入シーンを撮影したビデオ映像もネットで閲覧できる。

地域ぐるみの環境保護運動も広がりつつある。7月中旬の日曜日、東北部の港町の大連(遼寧省)郊外の湖畔に老若男女が集い、ゴミを拾い、雑草を駆除した。「大連市環境保護志願者」の会員数は、1000人を超えた。

駆除する雑草は、かつて街の緑化を目指した市政府や不動産デベロッパーが仕入れた南米産の芝生に混じっていたもの。どんどん育って日光を遮り周辺の樹木が育たなくなるが、地方政府の対策は手つかず。30代の船乗りの劉国軍は、陸に戻る度に活動に参加する。「日本や韓国のような環境が良い所は住み心地がいい。中国もそうなってほしい」。彼の言葉からは「反日」は感じられなかった。


日本企業と組めば「クリーン」

対策が後手に回る地方政府が、高い環境技術を持つ日本企業に助けを求める姿も目立ってきた。地方幹部の人事考課に環境対策の成果が反映されるようになり、「反日」ばかり叫んでいられなくなったからだ。

三菱日立パワーシステムズは7月、中国の電気集じん機メーカー最大手の浙江菲達環保科技(浙江省)と合弁会社の設立で合意した。両社の技術を活用し、3年後にはPM2.5除去システムで売上高200億円をめざす。

PM2.5の発生源の約2割を占める石炭火力発電所は、今後も年5000万〜6000万キロワットの増設計画がある。三菱重工業でエネルギー・環境部門を担当する副社長の前川篤は「これからPM2.5で膨大な需要が出てくる」と予測する。

「市民の抗議が殺到しているので、3カ月で改善できないか」。宮崎県延岡市の清本鉄工は大連市政府からこんな依頼を受け、膜と微生物を組み合わせた汚水処理プラント(日量5千トン)を1年がかりで建設。同市の保税区に集積する自動車部品工場が汚水を垂れ流し、異臭を放っていた河川は、徐々に清らかな流れを取り戻した。

現地法人の総経理、石本順一は「日本では当たり前のプロセスを踏めば、中国では競争力となる」と強調する。水質を改善する薬品など適切なランニングコストを投じ、問題が起これば速やかに報告する。日本企業の維持管理ノウハウを継続していれば、中国では信頼につながるというのだ。

もともと中国で工場が外部に放出できる水質の規定は、東京湾の基準よりも厳しいという。それでも汚染水の垂れ流しが止まらないのは悪質な業者が賄賂で規制を逃れる事例が後を絶たないからだ。

ところが、最近は「市民パワーが不正を許さなくなってきた」(石本)。物言う市民はネットという武器を利用し、職務怠慢な地方政府の幹部らを名指しで告発するようになった。習近平指導部は、汚職や腐敗に手を染め、抗議デモを収拾できない地方幹部の責任を問う方針とされる。

この流れが「日本企業頼み」を加速させている。東北部のある地域で日本企業から下水処理設備を導入した事業の関係者は「日本企業ならリベートや賄賂が飛び交わないというイメージが定着しているから発注しやすい」と解説する。地方政府幹部にしてみれば「日本企業に発注すれば中央政府に清廉な印象をアピールできる」というわけだ。

「日本は環境先進国」「日本の技術なら間違いない」−−。反日のコメントが多い中国のネット世論も、環境技術では日本を素直に評価する書き込みが目立つ。日中両政府がいがみ合っても、市民にとって重要なのは澄んだ空気や安全な食品だ。環境技術を巡る日本への好意的な視線は、日中関係の行き詰まりを解く糸口になるかもしれない。=敬称略

(大連=森安健)

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