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命と直結した「万作」の料理


 QUAD-63Proを以前から探していたけど見つかず、やっとカイザーサウンドの特選品の中で見つけたと言って福岡のNさんとおっしゃる方から注文の電話を頂きました。この最近、メインに聴いているスピーカーをひょんな事で壊してしまい、それ以来いくつか立て続けに買えども、お気に入りのスピーカーに中々出逢えないとおっしゃる。

 気がついてみた時には、かなりの金額を使ってしまっていたらしい。そんな話の中に、Nさんには30年来の付き合いである「万作」と言う名の、一押しの料理屋さんがあるので一緒に食べに行きませんかというお誘いを受けました。

 おいしい物には目のない私ですから、気軽に二つ返事で、また茶目っ気たっぷりに、「アートクルーの山本さんと一緒にご馳走して下さい!、そうすれば博多まで運送便ではなく、私が直接配達に参りますから」と言うと。Nさんは気持ちよく、「ああ、いいですよ!」と相成ったわけです。

 私にはその前にもう1件、博多の少し先の前原(まえばる)と言うところでクリニックの仕事がありました。そこでの仕事が思った以上に時間がかかってしまったものですから、ご自宅の方へお伺いしてセッティングさせていただく事が出来なくなり、急きょ、本日訪問する予定の料理屋「万作」の近くで待ち合わせをし、そこでNさんの車に載せ替える事になりました。

 山本さんの言われるがままに運転した先は、何と某オーディオショップの前。そこは、よくよく聞くとNさんの顔が利くところらしく、車を停めさせてもらうよう既になっているのだと言う。しかし、いかに定休日であるとは言え、なんとも皮肉たっぷりではありませんか、恐ろしきなりはお客さんの力。闇取引のような大胆行動を終えると、そこからほんの100メートルほど先に「万作」があります。

 今日はアートクルーのもう一人の若いお客さんと合計4人での食事です。案内されたその「万作」は「タン」と「テール肉」が売りだという。カウンターに7〜8人、テーブルに15〜16人くらい座れる丁度いい雰囲気の広さ。カウンター内のマスターに声が届く範囲のアットホームなところが乙に料理を楽しめます。また、店主が変わり者で中世のバロック音楽が大好き人間だそうです。何となく変な組み合わせではありませんか。

 どんな料理が出てくるのだろう?と、楽しみに胃袋が私に話し掛けてきます。・・・さりげなくトーストが出た後のアペタイザーはタンの刺身。1本からほんの僅かしか取れないらしい、それも飛びっきり良い肉の中のと言う事だから、どれだけ貴重な物かよく分かっていただけるでしょう。

万作オリジナルのトースト

 お味はと言うと、今まで感じたことのない舌の上での食感です。喋るのが商売のような私が言葉になって出てこないような味・・・。何せ初めての体験ですから、言葉が見つからないのが正直なところです。あえて言うなら京都人が使う言葉、「はんなり」とか、「まったり」とか言うのがこの感じなのかなぁと思ったりしました。塩とアッサリ味のたれと二つ用意されていますが、これまたどちらも甲乙つけがたい。


 次が、いきなり真打ち登場!、度肝を抜くかのような牛のテール肉のぶつ切り煮込み。いきなり2ランホームランと言ったところでしょうか。一口ほうばったところで、私は完全にノックダウン!、いきなりカウント8を喰らった。

 2時間半の煮込み時間だと言うが、肉の美味しさがひとたりとも抜けないで口の中で「豊年万作」なのだ!、「満作じゃないよ!」、「万作ですよ!」と言っています。肉の柔らかさが得られる時間と肉汁が逃げない絶妙の、「Now Is The Time!」・・・「今しかない!」と言う時間管理が出来ているのでしょう。正に完璧な「料理の波動コントロール版」と言ったところか。

酸味の利いた、たれが食欲をそそる。

 そっと、Nさんが耳打ちをしてくれる。この「万作」、その起源は博多名物幻の屋台だそうだ!。いつも満席で1日の売上が30万円。信じられない人気を誇っていたのだと言う。なぜ信じられないかと言うと、実は、私も15年前に30坪程の広さのフランス料理店を経営していたことがあったからその凄さがよく分かるのです。

 関取のようなゴッツイ手に、「料理ってそんなに指先に力がいるのですか?」とたずねると、半分陶芸が本職だと言う。「粘土をこねるからこんな手になったんでしょう」。それで納得しました。右の写真にある器類は全部マスターが焼いた物です。

 一度は行ってみたい店として広島では話題を提供したことがあるのです。お断りしておきますが、それは味ではないですよ!、夢のようなオーディオシステムが置いてあるという理由がそうさせたのです。雰囲気を楽しみたいだけのニーズから、年に1度クリスマスだけ気違い沙汰に繁盛する広島のメモリアルレストランだったのです。そういう意味では私の方が幻の店だったと言う点で上かもしれません。

 そして、その時の最高売上は今でも鮮明に覚えています。昭和天皇が崩御され、国が喪に服そうと営業自粛を訴え、カイザー以外どこも開いている店がないといったおこぼれ頂戴状態の日に、朝から晩まで満席でやっと22万円だったからであります。後に、このレストラン経営失敗で、いかに素晴らしい箱を作ろうとも、「中身が本物でないとダメ!」と言うことを思い切り知らしめられました。そんな失敗体験が今のローゼンクランツの物作りに生かされているのは言うまでもありません。

 話が横道にそれそうになって来ましたが、それ位凄いという事を言いたかったのです。そして、次に出されたのがタン塩、焼肉通の方なら必ずと言っていいほど一番最初に楽しむ一品です。素材その物が試されるもの。


 普通は薄くスライスした状態の物を焼いて食べますが、こちらはステーキ状態にして焼かれた物を程よい厚みに切って頂くものです。これまた始めて感じる食感です。タン特有の質の良いゴムまりのように伸びる感じと言ったらいいでしょうか、シコ、シコ、こり、こり・・・。じゅわ〜とおいしいです。

 続いて出てきたのが、タンのミンチ肉のみで出来た餃子。これまた淡白です!。さわやかなアカペラの曲を聴いているような混じりっけのない透明な味の餃子です。さらに初めて頂く世界に一つしかないタンスープ・ラーメン、白い博多名物のとんこつではありませんよ。ここらあたりで感じ始めたのが、すべての料理が喉越し良くスーッと胃に入っていくことです。


 うどん所四国では、食事した後すぐにでも胃に入ることから、「うどん別腹」と言う諺があります。また、関西の「儲かりまっか?」という挨拶文句と同じように良く使われる言葉で、逢えば「うどん食いに行こう!」が挨拶文句なのです。まさに、「万作のラーメンも別腹」でした。


 次はとっておきのカレーであります。一体何の料理屋なのかと思うような組み合わせではありますが、色々と食べて欲しいという愛を込めてあるのがよく分かります。心憎いほどの演出はその量を半分ほどにしたところです。「もっと食べてみたい!」、「次は何を食べさせてくれるのだろう?」という期待感を次々と感じさせてくれるのです。


 またもや、万作料理の一種の法則のようなものを感じてきました。それはどの料理を食べても、先に食べた物の味と一緒にならないのです。まるで船のタンカーの船倉を区切ったように、きっちりと別々の部屋にそれぞれの料理が収まっております。普通は胃の中で一緒くたになってしまうものなのに、これまた体が初めて体感したと私の前頭葉に言って来ております。

 Nさんが何枚か持参したお気に入りのCDを聞かせてくれるのですが、中でもボッケリーニのチェロの小曲がとても良い音がします。どんな装置で鳴らしているのか気になりカウンターの中を覗くと、CDがパイオニア、アンプがサンスイの907、スピーカーはドイツ製のカントン。全部Nさんが格安の中古で調達してきた物らしい。

 しかし、「万作」で鳴っている音は何十年もここで鳴り続けている主のような鳴り方なのです。普通はこうした組み合わせでこんな芳醇な音など鳴るはずがありません。これにはマスターの料理にかける命が音に乗り移ったとしか言いようのない音なのです。

 店の漆喰の壁も効いていると思うし、天井の立派な梁がむき出しなのも音の良さに一役買っています。Nさんの選曲が良いのはもちろんではありますが、やはり私の耳はそれを超えたモノが音に現れていると言っています。それは、料理に負けないようにいい音を出そうとステレオが一生懸命に働いているのです。これは意識して出せる音ではありません。私はそのように感じました。

 「まだ!まだ!」とNさんがけしかけます。「次は何にしますかネェ〜?」・・・。さっき、ラーメンを食べて麺が重なるけど、「焼きそば行きましょうよ!」。マスターは心配げに、「まだ入るんですか?」と尋ねてくる。ラーメン用の麺でこしらえたちょっと甘めのソース味です。子供も喜びそうな嬉しいおいしさと表現しておきましょう。私自身小食の方ですが、今日の胃は何処まででも底なし沼のように受け入れて行く。大食い競走にでも出られるんじゃないかと思うほど、まるで相撲取り張りの食欲です。


 「これで最後の仕上げにしましょう!」と言って出てきたのは雑炊。これはどこへ行ってもお決まりではありますが、どっこい!これまたテールスープ出汁の物。ご飯が一粒一粒キッチリとした姿を残しているから、スープも濁らず喉越しがとてもいいのです。矢継ぎ早に、「ハイ!、これは博多キャビア!」と言って出されたのは、何の事はない明太子である・・・。マスター一流のジョークでした。ただ、違うのはネギが添えてあることだけ、明太子にはネギが合うのだそうです。


 今まで食べた各種料理の味をもう一度思い出させてくれて、なおかつ余韻に浸れるような味!。この雑炊は、まさしく最高のアンコール曲を聞かせてもらった気分です。そう感じたのは私だけではありません、皆さん同じような感想を持ったみたいです。

 カウンター越しのお客との真剣勝負を感じるような動きと迫力が料理に現れます。今日はよほど嬉しかったのでしょう、滅多に見る事の出来ない心の中の笑顔を見せてくれました。

 ですから、万作の料理は「身体が受け入れたい!」、「取り込みたい!」、「生きたい!」と言う、生命欲求の本質である命に直結しているとしか思えません。そこには愛情を超えた「慈愛」を感じるのでした。万作の料理は大胆にして繊細。バロック音楽をこよなく愛する心が生み出した料理なのです。


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