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究極の延命策 菅首相"死んだふり続投"

2011.6.3 01:07 MSNニュース

究極の延命策だった。

2日正午すぎ、衆院講堂で開かれた民主党代議士会。くしくも1年前の同じ日、鳩山由紀夫前首相が辞任表明した同じ舞台で、菅直人首相は顔を紅潮させながらマイクを握った。

「この大震災の取り組みに一定のめどがついた段階で、私がやるべき一定の役割が果たせた段階で若い世代にいろいろな責任を引き継いでいきたい…」

シンと静まりかえる会場。「私にはまだ松山のお遍路を続けるという約束も残っている」。平成16年に民主党代表を辞任後に頭を丸めて始めた四国八十八カ所の霊場巡りの再開まで持ち出したことは「重大決意」を強く印象付けた。

2日朝まで内閣不信任案が可決される公算が大きかった。戦後5回目の不名誉が目前に迫り、ついに首相が「自発的な退陣」に言及したかに見えたが、その裏にはいくつかの巧妙なトリックが隠されていた。

代議士会直前の首相官邸執務室。鳩山氏は腹心の平野博文元官房長官が作成した3項目の確認事項を記した1枚の紙を差し出した。

鳩山氏「復興基本法が成立し、第2次補正予算案のめどがついたら退陣していただけますか?」

首相「分かりました。合意します…」

鳩山氏「それならここに署名してください」

首相「同じ党内の身内なんだから信用してくださいよ。私は首相の地位に恋々としません!」

陪席した平野氏と岡田克也幹事長は2人のやりとりを黙って見届けた。

首相は鳩山氏の求めに応じ代議士会で退陣を表明した。民主党を一緒に育て上げ政権交代を果たした2人は、この1年間で溝を深めたが、土壇場で再び心を一つにした−。

そんな美談ではないことはすぐに明らかになる。

首相の「退陣」発言直後、鳩山氏がマイクを握った。「首相と鳩山の間で合意させていただいた」。鳩山氏は十数分前の会談で提示した退陣の2つの「めど」を公にし、首相が"早期退陣"を了承したことを強調した。

ところが、代議士会直後、岡田氏は記者団に「合意の文書には出てくるが、それが(退陣の)条件になっているわけではない」と鳩山発言を全否定。これを伝え聞いた鳩山氏は「それは嘘です。人間、嘘ついてはいけません」と色をなして反論したが、夜の首相の記者会見で、鳩山氏が騙されたことが明白となった。

昭和61年、中曽根康弘首相(当時)は衆院解散を否定し続けた末、衆参同日選挙に突如踏み切り、自民党大勝へと導いた。後に「死んだふり解散」と呼ばれる。今回の菅首相は「辞める」とみせかけて不信任案否決にこぎ着ける「死んだふり続投」だったのだ。

さらに首相は「退陣表明」の中で、ある布石を打つことも忘れなかった。

「若い世代のみなさんに責任を引き継ぎたい」

自らが退陣したら、後継は「若い世代」に「禅譲」することを意味する。裏を返せば、長きにわたり党内抗争を繰り広げてきた小沢一郎元代表や鳩山氏に権力を譲り渡すつもりはないという意思表示だった。

このトリックも鳩山氏は見抜けなかった。鳩山氏周辺は「首相との会談では『若い世代に引き継ぐ』なんて話は出なかった。あれは首相が後から付け加えたんだ」と悔しがったが、後の祭りだった。

「偽りの退陣表明」−。その効果は絶大だった。70人以上が造反の意思を確認し合っていた小沢グループは大混乱に陥った。

「今日、不信任案を採決するのはやめて出直してくれないか…」

ある小沢系議員は衆院本会議直前、自民党議員に泣きついた。曲がりなりにも首相が退陣表明した以上、内閣不信任案に同調する大義はない。かといって否決すれば、当面は首相を信任することになる。小沢氏は側近に「今までなかったこと(辞意表明)を引き出したんだから、採決は自主判断でいいだろう」と言い残すと衆院議員会館事務所に引きこもってしまった。

それでも「反菅」路線で突っ走ってきた一部小沢系議員は潔しとしなかった。

内閣不信任案の賛成・反対討論のさなか。衆院本会議場に入ろうとした松木謙公元農水政務官は同僚議員に取り囲まれた。「賛成票を投じるくらいなら欠席しろ」という意味だった。

何とか議場に入ったが、渡部恒三元衆院副議長から「親分が裏切ったものを義理立てする必要はないぞ」と切々と説かれた。

それでも松木氏は採決の際、右ポケットに隠し持った賛成の「白票」をとっさに投じた。議場を出て記者団にもみくちゃにされながら松木氏はこう言った。

「信任できないから賛成した。自分で決めるんだよ、最後は!」

首相は狡猾(こうかつ)な延命策で九死に一生を得たが、引き換えに民主党に埋め難い亀裂とわだかまりを残した。

2日の内閣不信任決議案は141票という大差で否決されたが、2日朝までは可決の公算が大きかった。衆院解散・総選挙という事態が現実味を帯びる中、水面下でギリギリの戦いが繰り広げられていた。

「あんたの負けだ…」

1日深夜、国民新党の亀井静香代表は携帯電話で、菅直人首相にこう通告した。不信任案に賛成の意向を示していた民主党の小沢一郎元代表が開いた"決起集会"に70人以上の議員が集結したとの情報が飛び込んできたからだ。

亀井氏は期限付きの退陣を首相に迫った。そうでなければ不信任案は可決され、衆院解散という事態も起こりうる。それでも首相は「不信任は否決できる」と聞く耳を持たなかった。

6年前の「郵政解散」の悪夢が脳裏によみがえったのか。亀井氏は枝野幸男官房長官の電話を鳴らした。

「自爆するつもりか。首相の首根っこをつかまえてでもやれ!」

枝野氏は「言おうと思います」と頼りない返事を繰り返すだけだった。

「政局は第2ステージに入りましたね…」

同じころ仙谷由人官房副長官からはこんな電話がかかってきた。かつて「菅・小沢抜きの大連立」を模索した仙谷氏は「自分の時代が来た」と思ったのか−。

亀井氏は2日午前、首相官邸を訪れ、首相との直談判に最後の望みをかけた。

亀井氏「平成23年度第2次補正予算案を含めて当面の原発事故・震災復興の対応を終えたら退陣する腹を固めていただきたい」

首相「分かりました。どういう言い回しにするかは自分で考えます」

亀井氏が首相から退陣の確約を得たのは民主党代議士会の1時間半前だった。

政府・与党幹部の焦りを尻目に「夢」を見た政治家たちもいた。

「民主党だけで120人以上の賛成を集めないといけない!

5月30日、鳩山由紀夫前首相は、弟の鳩山邦夫元総務相に電話で力を込めた。鳩山邦夫氏はそれまで「不信任案なんて絶対に通らない」とみていたが、兄の言葉に「ひょっとしたら」と期待を持ち始めた。

翌31日午前、鳩山邦夫氏は新党改革の舛添要一代表と都内で会った。

「小沢系がこのまま造反すれば、新党を作ることになるだろうが『小沢新党』への世論のアレルギーは強いはず。新党から首相は出せないんだから自民党なども集めて舛添首相が実現する可能性があるぞ!」

造反議員の一部が新党改革に流れるかもしれない。舛添氏は「新党改革を発展させることもできるかも」と期待をふくらませた。

だが、2人の「夢」は鳩山由紀夫氏の豹変(ひょうへん)によりあっさりついえた。鳩山由紀夫氏は2日の衆院本会議場で弟にこう話しかけた。

「平成23年度2次補正予算案のめどがついたら首相はやめるべきだ。でも居座り続けるだろうね…」

戦いに敗れた小沢氏は2日夜、東京・六本木のカラオケ店で側近議員約40人と"残念会"を開いた。

「みんなが結束したから首相の退陣表明につながったんだ!」

小沢氏は努めて明るく振る舞った。若手議員が「やっぱり不信任をやりたかった」と悔しがると「次、がんばろう」となだめた。

強がってはみても隠せない失望感。カラオケのマイクを握る議員は一人もいなかった。(船津寛、今堀守通、小島優、斉藤太郎)

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