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落合監督退任:勝利至上主義に限界 観客減、球団内部不満

毎日JP

優勝争いの行方を占う首位ヤクルトとの4連戦の直前に、中日は落合監督の退任を発表した。04年の就任以来、リーグを3回制し、07年には日本一にもなった。今季もここまで2位と、実績面であえて交代させる理由はない。だが、守り勝つスタイルで好成績を上げながらも、観客動員は減り続け、球団も勝利だけを追求することはできなくなった。

落合監督は「勝つことが最大のファンサービス」と公言し、勝利至上主義に徹してきた。07年の日本シリーズでは、八回まで完全試合の快投を演じていた山井に代え、九回から抑えの岩瀬に交代したこともあった。選手のけがも隠すなど、徹底した情報管理を敷き、シーズン終了後恒例のファン感謝デーにも顔を出さない姿勢に対し、営業部門など球団内の不満は積もっていった。

落合政権の長期化とともに、勝つだけではファンもついてこなくなった。05年の実数発表以降、観客動員数は08年の約243万人をピークに、10年は219万人と減らし、今季も微減の見込みだという。

落合監督との契約は10月31日まで。その1カ月前までに、続投か退任かの結論を出す条項を、契約の中に盛り込んでいた。落合監督を擁護してきた白井文吾オーナーは「(4連戦後の)26日までに決めればいい」と考えていたが、監督人事の一新を求める現場からの突き上げは強く、22日の定例取締役会を前に決断を迫られた。

「(落合監督を)高く評価していた。ただ、皆さんの評価は一緒ではなかった」。白井オーナーは苦渋の表情を見せた。【鈴木英世】


落合監督は勝つ事に徹するという点では評価出来るが、それが勝ちさえすればいいとの考えであったならば、それは客商売のプロ野球経営からすると失格である。かつて西武で広岡監督の後を継ぎ、常勝球団を築き上げた森監督の場合は、在籍9年間で8度のリーグ優勝と6度の日本一を達成している。

それでも勝ち過ぎて面白くないという理由で止めざるを得なくなったのである。不思議な事に球場からファンが減って行ったのである。森監督は笑顔を見せた事がなかった。そんな人間味を見せないところが親近感を感じらなくて、ファンとの間に目に見えない壁を作ってしまったのだろう。

ファンとはかくも我侭なものなのだ。後楽園球場を満杯にした、王・長嶋の二大スターを擁しV9を達成した川上巨人と違う点はどこにあるのだろう。我々はそこに学ぶべき点が大である。

落合はその森監督ケースを知っていた筈である。なのに同じ轍を何故踏んでしまったのだろう。成績だけを森監督と比べると落合監督は8年間で3度のリーグ優勝と1度の日本一でしかない。それでも中日の歴代の監督の中では頭抜けた成績を収めているのは確かである。

その点長嶋監督や野村監督は常にファンの事を頭に入れて行動をしていた。そこが落合に足らなかった点のように思う。落合はシャイだから気恥ずかしくてとてもそんな事が出来なかったのだろう。それ故に、又、それこそが俺流と言われる所以なのだろう。

朴訥とした東北人の反骨精神がこうした形に変容したのかもしれない。今ふと思ったけど、腹を抱えて笑うといった姿を、東北の人には見ない気がするけど、それは私の気のせいだろうか?。いずれにしても落合が大選手であり大監督である事に異論を挟む者はいないと思うが、誰からも慕われる国民的スーパースターたる要素は備えていなかったのだ。

報道されているところによると、落合監督は年俸3億6千万貰っているが、その間球団は只の一度さえも黒字がなかったそうだ。赤字が続くと球団の存続が成り立たないという事にも向き合うべきであろう。

ペナントレースが終わると、応援や声援に対する感謝の気持ちを込めてファン感謝デーを開くのはどこの球団も同じである。グランドで子供達と選手が一体となって触れ合うこの催事が、将来のプロ野球選手を誕生する切欠になっているのである。そのファン感謝デーに顔を出さない落合監督の行動は、人の上に立つ者として誉められたものではない。

タイトルは自分の力で勝ち取る事は出来ても、プロ野球殿堂入りだけは他人の評価だからどうする事も出来ない。だから自分にとって一番難しいのは野球殿堂入りであると口にしていたではないか。

念願叶ったこれからは、斜に構えず本来持っている人間落合の魅力を裸で晒し出して欲しいものである。本物の武士道精神を持ち備えた人間落合は誤解されたままで終わってしまってはならない。腑抜けにさせられてしまった今日の日本人に、侍の心を伝えるのが落合の使命と私は期待したいのである。

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